2008年12月24日

波才(はさい)

本作での呼び名=脇役

中国、後漢末期の人物。184年に起こった黄巾の乱の潁川黄巾軍の指揮官の1人。正史三国志や三国志演義には登場せず、後漢書に記述がある。
184年春、張角の挙兵に呼応して南陽郡の張曼成、博陵郡の張牛角・張燕らと同時に挙兵した。潁川郡にて朱儁等の官軍を相手に善戦し撃破する。波才はこの機を逃すまいと、籠城する皇甫嵩・朱儁を包囲することに成功し、はじめは戦いを有利に進める。しかし5月、潁川郡において皇甫嵩の強風を利用した火計と曹操の援軍によって大敗を喫し、あえなく戦死した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
タグ:黄巾賊 波才
posted by うさんく斎 at 12:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 登場人物 「その他」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第58話 どうにでもなれい

なんということだ。

今まで俺は劉焉を踏み台にして

出世してやろうと思っていたが、

俺達が上のもんに踏み台にされてるじゃねーか。

俺達がいくらがんばっても将軍には中々なれない。

手柄を立てても少しの恩賞。

手柄を立てた兵士を率いてた奴が大きい恩賞を貰える。

これは当たり前のことなのか?

それだったらなんの為に今まで頑張ってきたのか…

暗い顔をしてると簡雍がいつもやってくる。

こいつは人が苦しんでいるのを楽しみにしてるのか?

まーたダメだったな。まぁ仕方無いよの。

劉備がここに来る前に俺が話をしたのだ。

官軍が黄巾賊に総攻撃を仕掛ける時に

例の失火がちょうど黄巾賊の後方の備蓄陣に延焼して、

黄巾賊は挟みうちを仕掛けられたと思ったらしく、

右往左往しながら敗走して行ったらしい。

ここまではよかったのだが、

逃げ惑う黄巾賊にとどめを刺したのが、

騎都尉という兵権を持ち、

独立軍を動かせる重職に就いている、

曹操って野郎だったから、

たかが義軍の大将の劉備じゃ

印象に残らなかったらしい。

と、図々しくもペラペラと口が止まらない様子だったので、

軽く頷いて無視を決め込んだ。

やはり官職がないと何やっても駄目なんだな。

さすがのヒゲ豚も意気消沈と言うか疲れてるらしく

無言で付いてくる。

傲慢なヒゲもさすがに応えてるらしいな。

まぁよくよく考えれば今回は失火が原因だ。

恩賞は初めから期待しなければよかったのだ。

だが休む間もなく援軍に行けと言うのは酷いな。

と、全軍とぼとぼ行進していると、

前方から少数の官軍がほうほうの体でこちらに駆け込んできた。

すぐ後ろから黄巾賊の一団が追いかけて来る。

まったくほんと官軍はだらしないな。

ここで黄巾賊と挟み撃ちしてやってもいいな。

どうせ先公の所へ行っても恩賞はあてにならない。

いっそのことと言うか、何回も思ってるのだが、

黄巾賊に入って朝廷を倒してもいいな。

元々農民の味方のペテン師だ。

恩賞もくれていい暮らしが出来るかもしれん。


もうどうにでもなれい



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posted by うさんく斎 at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二章 黄巾賊討伐編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

彭脱(ほうだつ)

本作での呼び名=脇役

黄巾の乱時(184)の潁川黄巾賊の将帥。
中平元年(184)、黄巾賊の叛乱中、長社県の戦闘の後に汝南郡・陳郡と平定した皇甫嵩・朱儁に西華県で敗れる。
波才の副将あたりだったのかもしれないが、詳しい記述がない。

出典:三国志辞典

タグ:彭脱 波才
posted by うさんく斎 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 登場人物 「その他」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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